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みんいれんTOKYO(機関紙)1面の記事の抜粋です

気候変動と東京の水害
前橋工科大学名誉教授 土屋 十圀

1.はじめに
 世界の気象は乾燥化や豪雨の増大など極端現象が続いています。気候変動に関する政府問パネル(IPCC)の第6次評価報告が示すように、温暖化は産業革命からの化石燃料によるもので、人間の諸活動がもたらしたことは疑う余地がありません。その意味では、もはや自然災害ではない。CO2削減の緩和策が2050年までにゼロになっても大洪水は頻発するでしょう。地球の水は熱容量が最大の物質であり、温めにくく、冷めにくい物質です。300年かけて地球の温室効果ガスにより平均気温+1・1~1・2℃、平均海水温+0・55℃をそれぞれ上昇させてきました。日本列島の近海はこの2倍も高温です。今後の治水対策はどうすればよいのだろうか。激甚化する水害にどう備えるべきか。水害対策のハードと避難対策のソフトの課題は政策的、政治的にも問われています。

 

2.首都東京の治水対策
 東京圏は関東平野を流れる利根川・江戸川・中川・荒川・多摩川の大河川の流域下にあります。東京都は、国直轄の大河川の治水対策と、都が管理する中小河川の治水対策があり、治水安全度は降雨規模に応じて見る必要があります。前者の予測される大規模水害時の被害リスクに関する研究では、荒川流域の左右岸低地帯と江東デルタ地帯における浸水区域内人口は約313万人と推定され、もし避難率ゼロの場合、想定死者7600人と推定されています(2011池内幸司ら)。荒川流域の洪水に対する計画降雨量は1/200確率(200年に1回相当の降雨量)で、548ミリ/3日です。2019年のスーパー台風19号では計画規模の降雨量に対して流域平均は76%でした。東京の被害は、人的被害1人。家屋被害の棟数は全壊27棟、半壊174棟。床上浸水816棟、床下浸水706棟でした。首都3県と比べて被害が少なかったのは以下の理由が考えられます。
 荒川上流の入間川流域に500ミリ前後の豪雨があり、支川3ケ所で堤防が決壊し氾濫したこと。また、滝沢ダムなど4つのダム群、下流の荒川第一調節池(彩湖)、朝霞調節池の貯留効果があったこと。そのため荒川下流の岩淵水門の河川ピーク水位は7・16mにとどまり、既往最大水位8・6m(1947カスリーン台風)を超えませんでした。また、中川・綾瀬川水系は春日部市の首都圏外郭放水路の貯留量(1151万㎥)が90%に達し、下流の増水を遅らせる効果を発揮しました。しかし、異常気象のもと水害リスク低減のためには、荒川は上流域の遊水地の設置、下流域の河川重要水防123箇所の解消など河川管理の緊急課題が残されています。
 更に、荒川流域以外の首都東京の水害リスクは、23区内の武蔵野台地の市街化が進展した地域と土地利用が高度化した都心地区に二分されます。特に、後者は資本の資産集積で高層ビルが集中した結果、水害脆弱地区が増加しています。即ち、高層ビル群は雨水を増加させ、その足元で下水からの内水氾濫が発生する事態が頻発していた。このため水防法の改正が行われ、高層ビルの地下の「貯留施設」を「下水道」の一部であることを明確化し、民間に対して雨水貯留浸透施設の設置を義務づけました。渋谷駅東口広場の地下25mには4000㎥の雨水貯留施設が2020年9月に完成しています。
 すでに2005年、下水道法の改正により治水対策に内水対策が加わり、浸水の危険性が高い対策促進地区は1時間50ミリ降雨対策の整備を進め、東京・新宿駅など大規模地下街の地区は1時間75ミリ降雨対策が進行しています。今日、東京の水害の被害額の84%が下水などの内水であり、河川からの外水氾濫の被害額は14%です。また、台地部の地上の河川は1時間50ミリ降雨対策が概成し、次の75ミリ対策の地下調節池(渋谷区・港区の古川、練馬区の白子川など)をはじめ「環状七号線地下広域調節池」の整備を進めています(図1)。この事業は下水道貯留管と河川の地下広域調節池とが連結し、河川と下水道の連携した治水事業へと進展しています。

 

3.広域避難対策の課題
 2019年10月、台風19号では広域避難が呼びかけられ、江東五区広域避難推進協議会をはじめ関東各地での避難は教訓的な課題を残しました。都の集計では避難者は最大で約19万人。広域避難計画の江東五区は避難者9万8736人、避難者率3・9%でした。この広域避難は足立区のみが避難勧告を発令し、3万3172人が避難しました。しかし、区職員だけでは対応が追い付かず一斉に避難所開設ができず混乱をもたらしました。その後、江東区長は記者会見で「広域避難はなかなか無理なことで、実際に250万人が避難できるはずがない。中略~今後は垂直避難を考えるべきだ」と述べています。広域避難計画では対応しきれない実態が明らかになりました。
 ここでの教訓とすべきことは「広域避難先」を決めていなかったこと。都や国と協議がされていなかった。計画運休を含む交通手段、避難方法、避難ルートなどのきめ細かい検討、気象状況(降雨強度・風速など)の早期の予測と決断が必要でした。また、自助を推奨する縁故避難などは無計画と同じことです。分散避難・垂直避難など多様な避難方法や行政間の支援体制の再検討が求められています。特に、大都市の避難対策は高齢者・障害者など災害弱者を優先する余裕のある避難時間(タイムライン)を持つ「災害公助の社会風土」をつくる必要があります。
 東京は1300万人の人口と社会経済活動を支える巨大都市です。都内主要駅の周辺に13の大規模地下街があり、延べ面積約22万6千平方メートルの地下空間や地下鉄12路線があります。都内13の主要駅の通勤者は990万8千人。水害のみならず地震などすべての災害リスク要因を抱えている場所でもあります。一千万人の通勤者も災害弱者になりえます。荒川、利根川などの堤防が決壊すれば、その規模によっては洪水氾濫により都市機能と日常生活は大混乱を引き起こすことが容易に想定されます。しかし、災害問題は危機を煽るような誇大な論調は慎むべきです。「正しく恐れる」といわれますが、過去の災害から学び、より正確な事実に基づき科学的に検証し、方針を策定して行動すべきです。
 最後に、2020年7月球磨川豪雨水害、2021年7月熱海伊豆山逢初川土石流災害、今年も各地で水害が続き、コロナ禍の医療従事者の皆様の献身的な活動に敬意を表する次第です。

 

土屋 十圀(つちや みつくに)さんのプロフィール
1946年長野県生まれ。
中央大学理工学研究所客員研究員
公立大学法人前橋工科大学名誉教授
 1972年中央大学大学院理工学研究科修士課程修了。東京都土木技術研究所河川研究室にて都市河川の水理・水文・環境の研究に従事。1988年同研究室主任研究員。2006年中央大学理工学研究所・大学院兼任講師。2012年前橋工科大学名誉教授
 専門は、河川工学・水文学・自然共生システム論。博士(工学・東京工業大学)、技術士(建設部門)。東京都河川基本計画策定専門委員、東京都公園協会評議委員