東京民医連

輝け看護!

みんいれんTOKYO(機関紙)の「輝け看護!」コーナーから

利用者の笑顔を守っていきたい

 定員15人の小規模デイサービスで働いています。看護師を続けてきて、病棟や在宅では見たことのない、高齢者の笑顔に導かれここまで歩いてきました。『人の集う場所、人と人との繋がり』、そこには私たちの考えが及ばないほどの力があると日々教えられます。
 Aさんは大腸がんで手術をされ、風呂のないアパートに退院することになり、入浴とパウチ交換の目的で利用開始となりました。現役時代は新聞勧誘業をされ羽振りのよかった時期もあったようですが、現在は身寄りもなく知人が時折顔を見せてくれるくらいでした。来所するなり、テーブルの上に脚を乗せ、ふてぶてしく周りを見渡すしぐさは、デイサービスとは、相容れない異質で異様でした。職員は苦し紛れに「退院されたばかりで座っているのが苦しいので」とその場を取り繕いました。
 その後、入院話に花が咲き、「天井を眺め、死を覚悟し涙した」辛い経験をした者どうしの温かい交流の場となり、帰り際にはAさんは、一人ひとりに何回も何回も、「ありがとう」を言って帰って行きました。その姿は人生のありったけの「ありがとう」を使い尽くしているかのように見えました。せり出したお腹は、たった二回の来所しか許してくれませんでした。
 B子さんはスポーツ好きなキャリアウーマンでしたが、アルツハイマー型認知症になりました。利用開始当初は、来所するなり「帰る」と逃げ出してしまったり、独語や自傷、震戦、食事を掻き込み誤嚥しかけたりと「日々困らない日はない」という状態でした。
 B子さんの援助は毎日が試行錯誤で、うまくいった時、笑顔が見られた時は職員みんなの喜びとなり学びの機会となりました。ケアマネジャーや家族から「B子さんはデイが大好き」と言われた時「まさか、声を掛けても返事もしてくれないのに」。そのうちに、休日、夜「デイに行く」と家を抜け出すようになり、在宅継続が難しくなりました。私たちとB子さんの時間はあと数日しかありません。
 出会いの後に必ず別れが来ます。できるだけ長く最後の最後まで「幸せだった」と思っていただけるよう、一人の力、一事業所の努力だけでは難しいことだらけですが、医療や介護で働く人びととの連帯や制度の改革に取り組むことで、デイサービスに集う人びとの「笑顔」を守っていきたいと思います。
 (北多摩中央医療生協・2016年6月号掲載)