機関誌「みんいれんTOKYO」2025年5月号
News
機関誌「みんいれんTOKYO」2025年5月号
誰ひとり取り残さない憲法25条が活きる社会へ
新生存権裁判東京弁護団事務局長・弁護士 田所 良平
進行する貧困と社会的排除の実態
コロナ禍後の物価高騰が続く中、経済・生活問題を理由とする自殺者が増えるだけでなく(警視庁自殺白書・2024年5181人、2年間で1・5倍)、生活保護申請件数も2024年は過去12年間で最多の25万件超となりました。生活保護を利用しても、1日3度の食事をとることができない、入浴も週に1~2回、暑くてもエアコンを使えない、親族や友人との交流も絶たれている状況が蔓延しています。
さらにこの問題を深刻にしているのは、貧しい人々をバッシングする状況が生み出されていることです。生活保護利用者への差別や偏見を売りにするような言説がウェブやSNSで蔓延し、当事者を苦しめるだけでなく、社会全体が不寛容で紛争が生じやすい状況となっています。
背景には、競争原理、生産性至上主義、自己責任論といった新自由主義的な価値観が学校教育やマスコミ報道などを通じて広く深く浸透し、多くの国民の中に内面化されてしまっていること。生活苦から救済されない人々の不満が、政治やその背後にいる米国・財界によって利用されていることを見過ごしてはならないと思います。
誰もが安心してくらせる社会を
このような状況を変えたいと思った時、国民がこの国のあり方を定め、その実現を国に対して義務付けた憲法を活用することができます。
25条1項の「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という規定は、国に対し、全ての国民が「健康で文化的な最低限度の生活」を営めるようにする義務を課しているものです。その実現のため同条第2項は、「国は、すべての生活部面について社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と定めています。これを受けて、生活保護制度や、健康・年金・雇用の各保険制度や、児童手当等の諸手当、児童・母子・障がい者・高齢者などへの社会福祉制度、保健所や病院設置等の公衆衛生等の向上・増進が図られています。(※図参照)
各種制度の中でも、その根幹にあるのが生活保護制度です。そして、厚生労働大臣が毎年改定する生活保護基準は、保護費の金額を決めるだけでなく、国民健康保険料の減免措置や就学援助、最低賃金等40以上の制度とも連動・関係するように制度設計されており、この国が国民に保障する「健康で文化的な生活」の最低限度を下支えする極めて重要なものです。
声を上げることで社会を変えられる
この生活保護基準が2013年~2015年にかけて、ありもしない「デフレ」を理由に前例のないほど大きく引き下げられました(最大10%の引き下げ)。生活保護バッシングを煽って保護基準引き下げを票集めのマニフェストにかかげて政権を奪還した自民党政治によって、憲法25条が歪められてしまったのです。
しかし、全国で1000人以上の生活保護利用者が立ち上がり、数万~数十万人の支援者とともに生活保護基準を元に戻すことを訴えるたたかいを起こしました(「いのちのとりで裁判全国アクション」、全国29地裁で31の裁判)。東京では、東京民医連のみなさんにも組織的に応援いただいている「新生存権裁判・東京」があるほか、「はっさく裁判」、そして個人原告が一人でたたかってきた裁判の3つの裁判があります。
いずれも東京地裁・東京高裁での勝訴判決を立て続けに勝ち取り、今も東京高裁・最高裁での裁判が続いています。
2014年に佐賀から始まった「いのちのとりで裁判」は、今後の日本の在り方を大きく左右する裁判といっても過言ではありません。一人ひとりの命よりも経済や軍事を優先する国にするのか、憲法・生活保護法の原理原則にのっとって、お年寄りや障がいのある方も、あらゆる人の命を大切にする国にするのか、どちらの方向に進むのかが決まります。
実際、裁判所の判断も大きく二つにわかれています。
最初の名古屋地裁判決は、国の主張を丸呑みし、財政事情や引き下げを求める一部の国民感情まで考慮して、生活保護基準引き下げを容認する原告敗訴判決でした。その後も敗訴判決が続きましたが、2021年2月の大阪地裁判決ではじめて勝訴すると、その後勝訴判決が続きます。
前述の不当判決を全面的に覆し逆転勝訴した名古屋高裁判決(2023年11月30日言い渡し)では、「健康であるためには、基本的な栄養バランスのとれるような食事を行うことが可能であることが必要であり、文化的といえるためには、孤立せずに親族間や地域において対人関係を持ったり…自分なりに何らかの楽しみとなることを行うことなどが可能であることが必要」とし、デタラメな引き下げをした国に対して原告への慰謝料1万円を支払うことまで命じました。
現在まで言い渡された41の判決のうち、原告の勝訴が26(地裁19、高裁7)、敗訴は15(地裁11、高裁4)と、原告の主張を認める判決が大きく上回っています。国側が上訴し、勝訴はまだ確定していません。
そしていよいよ5月27日には最高裁で弁論が開かれ、7月までには最高裁判決が出て決着する見通しです。
ともに声をあげましょう
憲法25条があっても、国民が黙っていれば、米国や財界の意向を汲んだ政府によって簡単に歪められてしまいます。
一人ひとりが大切にされる社会の実現を本心から望まない人はいないはずです。声を上げたり、対話を重ねることで連帯は広がります。国や社会のあり方を決める力が私たちにはあるのです。
そして、この力を使うかどうかは、私たち一人ひとりに委ねられています。
輝け看護!
地域から頼りにされる病院をめざして
2024年9月、当法人に地域サポートセンター(以下、地サポ)が設立されました。地サポから相談を受け、関わった事例を報告します。
A氏80代男性、高血圧症。脳梗塞で介護認定を受けている弟を介護し、法人内診療所に二人で通院しています。地域包括支援センター(以下、包括)も気になる兄弟として見守りを行っていました。
ある日、包括から地サポにA氏の体調が悪いと連絡があり、職員が訪問し、当院から往診。診察や検査データからは緊急を要する状態ではありませんでしたが、室内は物があふれ歩行スペースが狭く、屋根には穴があき、吹きさらしで、身体状態が悪化する環境でした。
弟は緊急ショートステイで施設入所し、A氏は当院往診対応となりました。自宅療養を希望されたので、訪問診療を勧めました。しかし、「来てくれるのは嬉しいが料金が高い。診療所に自分で行ける。」と拒否をされました。
その為、継続的に地サポとは情報を共有し、今後必要と考えられる身体管理、介護保険の申請や施設入所などを検討しました。体調悪化時はすぐ往診できるように外来看護師と相談しました。
寒さがさらに厳しくなり、A氏も自宅での生活は難しいと納得し、ショートステイを利用することになりました。慣れない施設での生活や、弟のことを心配する言動があり、診察時に本人の話を丁寧に聞く時間を設けました。施設に入っている弟の様子を伝えるとA氏の表情は和らぎました。しかし、言動が落ち着かなくなり興奮することが増え、施設の方とも相談し対症薬を開始しました。現在も施設へ往診を行い、医療管理を続けています。区の担当者からは、「対応に苦慮する事例が増えているが、今回の様に連携できる場所があって安心」との言葉を頂きました。今後も地域の医療・介護の困り事に対応していきたいです。
(東京健生病院・2025年5月号掲載)