機関誌「みんいれんTOKYO」2025年9月号
News
機関誌「みんいれんTOKYO」2025年9月号
「九月一日」に向かう行進を止める
関東大震災から百二年
朝鮮人虐殺事件から考える現代の「危うさ」
ノンフィクション作家 加藤 直樹
1923年の関東大震災では、「朝鮮人が暴動を起こした」「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などの流言をきっかけに、多数の朝鮮人が虐殺されました。悲劇から102年、私たちは災害時のパニックや平時の共生、そして情報発信や共有のあり方をどう考えるべきでしょうか。ノンフィクション作家の加藤直樹さんと考えます。
流言と朝鮮人虐殺
今から102年前の1923年9月1日午前11時58分、最大震度7の大地震が関東地方を襲った。昼前であったうえ、強風が吹き荒れていたため、都市火災が拡がり、東京と横浜の都心は全焼した。死者は約10万5000人をかぞえた。
9月1日の午後から、人びとは火災を逃れて広い場所へと殺到する。横浜では「平(ひ)楽(らく)の丘」と呼ばれた丘陵。東京では上野公園、日比谷公園、皇居前など。家や家族を失った避難民たちの心に怒りと不安、そして疑問が渦巻いたのは想像にかたくない。朝鮮人流言はそこから生まれた。この日の夜以降、東京と横浜では朝鮮人への迫害が始まり、広がっていった。
警察と軍隊の加担
しかし事態を悪化させたのは、朝鮮人流言を信じ、拡散した警察や内務省の治安官僚である。軍に至っては自ら虐殺に手を染めた。
まず、各地の警察署が住民が訴える朝鮮人流言をそのまま信じ、警視庁本庁に報告した。当時、警視庁で指揮を執っていた官房主事の正力松太郎は、それを受けて9月2日の夕方、「不(ふ)逞(てい)者に対する取締」を強化せよとの通達を各警察署に発する。
こうして、「朝鮮人暴動」の実在は警視庁のお墨付きを得てしまった。警官がメガホンを手に「朝鮮人の集団が攻撃してくる。男は武装せよ」と各地で住民に宣伝した。住民の武装と朝鮮人への暴力はますます拍車がかかる。
内務省警保局は全国の知事に、「朝鮮人が各地で放火している」という通達を出した。千葉や埼玉などにまで虐殺が広がった背景にあるのはこの通達だ。
戒厳令によって東京に進駐した軍隊も、流言を信じて各地で朝鮮人を虐殺した。
警察と軍は、9月3日には流言が事実ではないことに気づき、徐々に朝鮮人を「保護」する方針に転じたが、彼らが明確に流言を否定する6日まで、虐殺は続いた。朝鮮人の被害者総数は分からないが、数千人規模に上るものと思われる。
差別が広まった背景
なぜこんなことが起きたのだろうか。
まずは流言と、それを信じて虐殺に走った民衆について考えてみよう。地震によって信じがたい火災が広がったときに、「誰かが放火したのでは」という流言を受け容れたことは、理解できなくはない。問題は、なぜ放火したのが「朝鮮人」だと考えたかである。背景には、それまでに形成されてきた朝鮮人への偏見と恐怖がある。特に1919年の三・一独立運動以降、日本の新聞は、朝鮮人を恐ろしい「不逞鮮人」として描く煽動記事を書き散らしていた。
朝鮮人に対しては蔑視もあった。日本が征服した朝鮮の民を生かすも殺すも日本人の勝手だという観念だ。それがなければ、いくら流言を信じても殺すことはできなかっただろう。
警察や軍の「エリートパニック」
警察はなぜ流言を信じ拡散したか。社会学の概念で、「エリートパニック」というものがある。災害時に、治安当局が自らのコントロールの失墜を恐れる気持ちから、一般人以上に「マイノリティがこれに乗じて犯罪をしている」といった流言を信じやすくなるという現象だ。さらに言えば、当時の警察にとって朝鮮人は独立運動をするかもしれない潜在的な敵であった。
軍隊はどうか。彼らは韓国併合時の義兵闘争以来、朝鮮や中国、シベリアでの抗日運動弾圧の過程で、丸腰の民間人を虐殺することに慣れていた。同じことを東京のど真ん中で行ったのである。加えて言えば、朝鮮人を虐殺した民間人のなかにも、かつて兵士として大陸で虐殺を行った経験をもつ人たちが大勢いた。
私たちが学ぶべき教訓
私たちが、ここから学ぶべき教訓は何だろうか。
第一に、災害時に特定のマイノリティを犯罪者として描き出す差別流言は必ず発生するということである。阪神淡路大震災でも、東日本大震災でも、外国人犯罪についての事実無根の流言が現れている。
第二に、しかしそれが広がるかどうかは、人びとがどの程度、マイノリティへの偏見や恐怖、蔑視を育てているかにかかっているということだ。そこでは、正負の意味でメディアが果たす役割が大きい。
第三に、流言に対して行政当局や政治家がどのように対応するかが事態を左右するということだ。当局が流言に加担すれば事態は深刻化し、止める側に立てば被害を食い止めることができる。ここでも、それまで当局がマイノリティに対してどのような姿勢で向き合っているかが問われるだろう。幸いにも、今のところ軍隊の問題だけは考えなくてもよさそうだ。
102年後の日本が直面する問題
以上の視点から検証すると、今の日本はかなり危うい状況に来ていると言える。たかだか3000人ほどのクルド人難民に対して、メディアやネット言論は血眼になって「恐ろしい」というキャンペーンを張っている。彼らに向けられているヘイトスピーチや脅迫の文言を読むと、もはや関東大震災時の流言と同じ異常な水準になっている。そしてクルド人は、1923年の朝鮮人と同じく、彼らを保護する祖国を持たない。
与野党の政治家たちもこれに便乗して「外国人問題」を騒ぎ立てる。背景には、外国人を人間と思わない非人道的な入管政策がある。
あまり知られていないが、東日本大震災時には、中国人が被災地で強盗をしているというデマを信じた右翼団体が「中国人を殺す」ために武装して現地に乗り込んでいる。結果的に彼らは中国人に会うことはなかったが、私たちの社会はそのとき、虐殺が反復される直前まで来ていた。
今も同じである。この異様なレイシズムへの行進を、「九月一日」が来る前に引き返させなければならない。特にメディアと行政、政治家の姿勢を変えさせることが必要だ。
加藤直樹さんのプロフィール
1967年東京生まれ。著書に『九月、東京の路上で 1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』(ころから、2014年)、『TRICK「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』(ころから、2019年)など。近刊に『「九月」を生きた人びと 朝鮮人虐殺の「百年」』(ころから、2025年9月1日)。
戦後80年の今夏も、「いまを、戦前にさせない」「つなぐ、つながる」など被ばくや戦争被害を紹介する番組が多く放映された▼家制度の下で法的に「無能力者」とされ参政権も無かった女性が国から初めて銃後の守りという役割を積極的に担わされたこともクローズアップされた▼「ケアレス・マン」モデルとは、家事・育児責任を負わない「家庭責任不在の男性的働き方」を指す言葉だが、「80・80(エイティーエイティー)まやかしの医師偏在」パンフによれば厚労省は医師が時間外労働月80時間、80歳まで働き続けることを前提に医師需給推計が行われていることが示されている。「ケアレス・マン」モデルによって医療を支え続けることはできない。今後女性医師も増える中でだれもが休息、育児や介護、家族との時間、趣味の時間、社会にかかわる時間を持てる働き方に転換していく必要がある▼多忙な医師こそ協力し合って街頭に出て労働環境改善を社会に直接訴えることが求められるのではないか。高額療養費制度をはじめ、患者負担の引き上げや医学部定員削減など、医療供給体制を破壊する重大な法案が準備されている▼現在、学習討議されている「ケアの倫理」cafe。ジェンダー平等社会、ケアがめぐる社会へ自分自身を振り返るとともにおおいに意見を交わそう。(ス)
第2回 茹る夏、すべての人にエアコンを
いま伝えたいこと
つくろい東京ファンド
小林 美穂子
8月5日、群馬県伊勢崎市で41・8度を観測し、国内観測史上最高気温を更新した。命に関わる危険な暑さとされ、熱中症に厳重警戒するようニュースは伝えていた。暑さで有名な桐生市は41・2℃を観測した。
年々、夏の厳しさが増している。そこら中で熱中症に対する注意が呼びかけられているが、経済的な理由からエアコンを持たない人、エアコンがあっても電気代が心配で使用を控える人たちがいつまでも置き去りになっていると感じる。
去年の夏、やはり暑かった桐生市で、閉鎖した町工場の一室で暮らす男性から相談を受けた。相談の主訴は、男性が生活保護を申請した際に民間の金銭管理団体と契約させられたことだったが、男性の部屋にはエアコンがなかった。男性が生活保護を利用するに至ったのは、健康上の理由だった。救急搬送され、九死に一生を得たにもかかわらず、暮らす部屋にエアコンがなければ再発リスクは高い。加えて、同居する兄弟には重い障害があった。
エアコンを購入するための2つのハードル
厚生労働省は、近年、熱中症による健康被害が数多く報告されていることを踏まえ、2018年6月27日付の社会・援護局長、保護課長通知で保護の実施要領を改正し、以下の条件を満たす場合にエアコン等の冷房器具購入費と設置費用の支給をするとしている。しかし、その条件が非常に厳しく、わかりにくい。エアコン購入費の支給要件としては、以下の(A)(B)の両要件を満たす必要があるとされている。
(A)2018年4月1日以降に以下の5つのいずれかに該当すること
(ア)保護開始された人でエアコン等の持ち合わせがない
(イ)単身者で長期入院・入所後の退院・退所時にエアコン等の持ち合わせがない
(ウ)災害にあい、災害救助法の支援ではエアコン等をまかなえない
(エ)転居の場合で、新旧住居の設備の相異により、新たにエアコン等を補填しなければならない
(オ)犯罪等により被害を受け、又は同一世帯に属する者から暴力を受けて転居する場合にエアコン等の持ち合わせがない
(B)世帯内に「熱中症予防が特に必要とされる者」がいる場合
市が購入費を支給へ
私が相談を受けた方は(A)の(ア)と(B)に該当していた。しかし、桐生市が2018年以降にエアコン購入費用を支給したケースは、実にゼロ件だった。すぐに保護課長に電話をし、男性のケースが厚労省通知の要件に該当することを確認した。男性の徒歩圏内に量販店がなく、自力で購入するのが困難だと判断した私はネットで近所の電気屋を探し、市役所、男性と電気屋を橋渡しし、一週間後、男性の部屋にはエアコンがついた。桐生市がエアコン購入費を支給した栄えある一ケース目である。金銭管理団体とのトラブルにも介入し、無事に解決した。この男性は幸運にも支給要件に合致していたから良かったが、こんな細かい要件は果たして必要なのだろうか。
エアコン必要性の判断は自治体まかせ?
2018年以前に生活保護を利用していて、エアコンをお持ちでない方は該当しない。2018年以前に利用していた人は特別に暑さに耐性でもあるというのだろうか。厚労省側としては、「それまでに貯蓄したお金で買って」なんだろうが、保護費は生きるのもやっとの金額だ。貯金ができる人なんてほとんどいない上、昨今の物価高騰で利用者は食べるのにすら苦労している。
そして、(B)の「熱中症予防が特に必要とされる者」についての判断基準として、「体温の調節機能への配慮が必要となる者として、高齢者、障害(児)者、小児及び難病患者並びに被保護者の健康状態や住環境等を総合的に勘案の上、保護の実施機関が必要と認めた者が該当する。」と示しているが、「保護の実施機関が必要」と認めなければダメということで、だから桐生市は過去の実績がゼロなのではないか? エアコンの必要性の判断を自治体任せにすること自体、おかしい。だって、高温の湯に浸かってる温度ですよ。ドライヤーの熱風に吹かれてるような灼熱ですよ。高齢者や障害者、子どもや難病患者以外は持ちこたえられると思っているのだろうか?
購入・設置費用補助費
上限6万7千円也
元気な成人なら乗り切れるというのならば、厚労省や自治体福祉事務所はエアコンなしでひと夏過ごしてほしい。大丈夫であることを証明してほしい。あと、エアコンの購入・設置費用の上限が6万7千円というのも、昨今の物価を考えると現実的ではない。大幅増額が急務だ。
日本の夏は、いまや過酷で、今後さらに暑くなることはあっても、涼しくなることはないだろう。風鈴や打ち水、スイカや扇風機で過ごせたのは遠い夏の思い出。風呂の温度に浸かりながら「心頭滅却すれば火もまた涼し」なんて気合で乗り切れるものか。
「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するのが生活保護制度ならば、エアコンの購入・設置費用支給の要件を早急に取り払う必要がある。電気代高騰でエアコン使用を控えぬよう、夏季加算も必要だ。
これは命の問題だ。
輝け看護!
意思決定支援の取り組み
法人内診療所に通院しているA氏が緊急入院となった事例を紹介します。
来院時よりSpO2=76%と低迷し、喘鳴著明、下肢浮腫あり、酸素投与開始。心不全と診断されて緊急入院しました。酸素投与によりSpO2=99%まで上昇すると、「呼吸が楽になった。入院になるとは聞いていない、帰る」の一点張りでした。約1時間説得し、この夜は入院に同意しました。
その後、入院を拒否していた理由を知ることになります。それは自宅で飼っている猫、名前は「ひめ」。独居であるA氏はひめちゃんの世話をする人がいないため、頑なに入院を拒否していたのです。数日経過すると「死んでもいいから帰りたい」と繰り返し訴えるようになりました。状況を知った診療所職員がご飯とトイレの世話を申し出て、A氏は安心して治療に専念しました。
しかし検査を進めていくと僧帽弁閉鎖不全症が判明し、カテーテル治療を希望したA氏は転院することになります。「ひめのことが心配だから一度帰りたい」と希望しましたが、主治医の許可は下りませんでした。
診療所のひめちゃん支援にも限界があります。各方面に連絡してお世話ができる人を探していると、当院の健診センター保健師Bさんが引き受けてくれました。こうしてプライマリーナースがA氏とひめちゃんを迎えに行き、Bさん宅へ預けることができました。
A氏は治療を終え、無事に退院となりました。A氏にとってひめちゃんは大切な家族の一員です。ひめちゃんの安全が保障されなければ「自分は死んでもいい」という言葉が響きました。
高齢者の独居が増えている中で、現実ではご本人の望み通りにいかないことが多々あります。困難な中でも職場を超え、法人全体のチームで意思決定支援ができたと思える事例でした。
(小豆沢病院 生方 由美子)