機関誌「みんいれんTOKYO」2025年3月号

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機関誌「みんいれんTOKYO」2025年3月号

症例報告を書こう~事件はいつも現場で起こっているんだ~

小豆沢病院医師 伊藤 裕介

小豆沢病院 家庭医療科専攻医の伊藤裕介です。今回、この『みんいれんTOKYO』の紙面で、私の取り組みである症例報告について書かせていただきます。

症例報告とは、患者の臨床記録を身体所見や検査所見、その後の経過とともに記述し、臨床上の教訓について論じる医学論文の一形式です。あの有名な所見も、もとは1例の症例報告がきっかけ…ということも多く、症例報告は、臨床医学の知見を共有するための古典的かつ有用なツールの一つといえます。

私は2024年6月に初めて英文医学誌への投稿を開始し、10月に初めてアクセプト(雑誌の編集部から掲載が許可されること)を経験しました。それ以来、現在までの5か月間で計6例の症例報告がアクセプトされています(2025年2月時点)。

症例報告執筆のきっかけ

きっかけは、あるアルコール依存症の患者さんとの出会いでした。この患者さんは、大量飲酒後に起こる重大な合併症であるアルコール性ケトアシドーシスを繰り返し、都内の病院へ合計33回も搬送されるという壮絶な経過をたどっていました。アルコール性ケトアシドーシス自体は決して珍しい疾患ではありませんが、その患者さんがアルコール依存に至るまでの社会的・心理的背景が非常に印象的であり、この経緯を症例報告という形で記録に残したいと考えました。

そこで、民医連内で症例報告の執筆支援を行っており、私の大学時代の民医連奨学生の先輩でもある愛媛民医連の水本潤希先生に相談しました。しかし、この症例については「新規性が乏しい(症例報告では目新しさも重要な要素の一つです)」との理由から、報告としてまとめることはできませんでした。ただ、これをきっかけに、水本先生のご指導のもと、症例報告に取り組んでみることにしました。

自分の仕事を言葉にできる感動

それで執筆したのが、「Esophageal perforation and epidural emphysema as complications of nasogastric tube placement(経鼻胃管挿入に伴う食道穿孔と硬膜外気腫)」という症例報告でした。経鼻胃管挿入は医療現場で頻繁に行われる手技の一つですが、その重大な合併症により転院してきた患者さんの診療経験をまとめたものです。関連する論文をレビューし、同様の症例報告を読み込み、まずは日本語で執筆して英文に訳していくなど、慣れない作業をなんとか乗り越え、約2か月かけて500単語ほどの症例報告を仕上げました。結果的に、この報告は 『Journal of General and Family Medicine』にアクセプトされ、無事掲載に至りました。

初めて執筆して感じたのは、「自分の診療の風景をこうやって誰かに伝えてもいいんだ、そういう手段があるんだ」という感動でした。それから、この経験も伝えたい、あの経験も記録に残したいと思うようになり、気づけば常に何かしらの症例報告を書いている状況になっています。不思議なもので、最初は苦労したはずですが、1例経験すると2例目からは執筆の流れが分かっている分、最初ほどのストレスは感じません。

※一般的なものではなく、自分が行っている症例報告執筆の流れを示したものです。

症例報告を書く意味とは

医学は経験集約的に知見が形成されていく性格が強い分野であるため、1例の症例報告にも重要な意義があります。「臨床医ならば症例報告を書くべき」とよく言われるのも、そのためかもしれません。ただ自分はこのような価値観は持っていません。症例報告を書かずとも素晴らしい臨床医はたくさんいますし、忙しい臨床現場で踏ん張って働くだけでも御の字だといつも思っています。では自分にとって症例報告を書くことにはどんな意味があるでしょう。

(1)困っている誰かの役に立つ
症例報告は、診断困難例や治療に難渋した経験を共有することが多く、困難症例に出合った際に、似た症例を探して参考にすることができます。

(2)診療の振り返りになる
医師は自分の診療を振り返る機会は意外と少ないものです。症例報告の執筆を通じて内省し、「この経験はどういう価値があるのだろう」と意味付けていくのは大切です。

(3)専門研修要件となる
専門医取得の要件として、学会発表や論文執筆が求められることが多く、症例報告も研究活動として報告できます。これは症例報告本来の目的とは異なりますが、研修指定病院にとっては無視できない要素だと思います。

だれかに勇気を与える

自分が症例報告を書くもう一つの理由として、だれかに勇気を与えるためということがあります。地域で行なっている医療活動を、形にして誰かに伝えることは、同じく地道に医療活動をしている同僚にも勇気を与えられるのではないかと思うのです。

「Urinary bladder Star Wars」(doi: 10.5694/mja16.00224)というタイトルの、自分が好きな症例報告があります。これは膀胱エコーで、尿管から膀胱に流入する尿をカラードップラーで捉えた時に「2本の線が重なって映画『STAR WARS』に出てくる武器であるライトセーバーで戦っているみたいに見えるよね」という単純な報告です。正直なところ、臨床的な意味は乏しいと思うのですが、症例報告ってこんなふうに遊び心があってもいいんだと思いましたし、臨床において自分の感情を大切にしてもいいんだという勇気をもらいました。

症例報告を書こう!

これを読んでいる誰かにも勇気を与えられたらいいなと思っています。また、症例報告を書きたいけれど方法がわからないという方がいれば、できる範囲でお手伝いさせていただきますので、ぜひお声掛けください。


輝け看護!

患者さんから信頼される診療所で

 基礎疾患に糖尿病があり、せいきょう診療所に長年通院している男性患者Aさんの事例を紹介します。
 Aさんは認知症が進行し、糖尿病の自己管理が困難となりました。現在は訪問看護師と連携して内服と自己注射を行っています。認知症が進んでも、当院の通院だけは忘れずに続けています。
 ある日、外来終了後にAさんの家族から「道端で転倒し顔全体から出血している」と連絡がありました。家族が病院へ連れて行こうとすると「病院は絶対に嫌だ。行くならせいきょうがいい」と頑なに病院への受診を拒否し、困っているようでした。(普段家族は別々に暮らしていますが、定期的に様子を見に来てくれています)
 訪問看護師はAさんの出血がなかなか止まらないため、病院への受診を勧めました。それでも頑なに拒否を続けていました。
 とりあえず家族が付き添って当診療所へ来ましたが、医師が不在だったため、看護師が簡単な処置をしました。徐々に出血は治まり、歩行できると確認できました。家族と相談した結果、今日は自宅で様子をみることになりました。
 医師へ報告し経過観察をしましたが、悪化することなく、現在も通院を続けています。
 転倒してしばらくは頭部の検査を勧めましたが、「ここで診てもらっているからいい。安心する」と言われました。
 医療従事者としては検査してほしいところですが、この診療所がAさんにとって「信頼できる医療機関」であって嬉しいと思いました。
 今後も患者さんの信頼に応えられるよう、日々努力していきたいと思います。
(せいきょう診療所・2025年3月号掲載)

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