機関誌「みんいれんTOKYO」2026年10月号
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機関誌「みんいれんTOKYO」2026年10月号
クマへの正しい向き合い方
過剰に恐れず、侮らず。縮まる距離と都市住民に求められる平時の備え
東京農工大学大学院教授 小池伸介
2025年の秋はツキノワグマ(以下、クマ)の出没に関する報道で溢れた。
しかし、出没の背景や原因まで説明される機会はほとんどなかった。そのことが、過剰にまでクマを守らなければいけない、あるいはクマの極端な排除を主張する人々を増やしてきたのではないだろうか。
ここでは、近年の増加するクマ被害の背景、東京のクマの現状、そして私たちが知っておくべき正しい向き合い方について解説する。
出没の背景
2025年の秋は、確かに多くのクマが人間の生活圏に出没した。
しかし、それは日本全国で一様に起きた現象ではなく、特に北東北で顕著に見られた地域的な現象である。
その直接的な要因の一つとして挙げられるのが、クマの秋の主食であるブナ科樹木の果実、いわゆるドングリの不作である。
クマは冬の間、冬眠する。冬眠中は絶食状態となるため、秋のうちに大量のエネルギーを摂取し、それを脂肪として体内に蓄えることで、冬眠中に必要なエネルギーを確保する。
そのため、秋のクマは1日に5000キロカロリー以上ものエネルギーを必要とするとされる。
ところが、ドングリには、実りの多い年と少ない年を繰り返すという自然現象がある。さらに、こうした豊凶は広い範囲の樹木の間で同調する傾向がある。
つまり、2025年の北東北では複数の種類のドングリが一斉に不作となったことで、山の中でクマが利用できる食物が極めて少ない状態になった。その結果、クマが食べ物を求めて通常よりも広い範囲を移動し、人間の生活圏にまで出てくる機会が増えたと考えられる。
しかし、ドングリが豊作と不作を繰り返すこと自体は、太古から続いてきた自然現象である。それにもかかわらず、なぜ近年になって、ドングリの不作に伴うクマの大量出没がこれほど目立つようになったのだろうか。
そこには、ドングリの豊凶とは別の、より長期的な要因が存在する。これまでのクマの分布域の変遷を見ると、この40年間でクマの分布域は約2倍に拡大した。その大きな要因の一つが、日本社会そのものの変化である。クマの分布が拡大した地域の特性を分析すると、人間活動が低下し、耕作地が放棄された地域が多い。
つまり、日本社会の急速な過疎化・高齢化や、人口の都市への一極集中に伴う農山村の衰退が、クマの分布拡大を後押ししてきたのである。
かつて中山間地域では、人間が農林業を営むことで、奥山に生息するクマと平地の人間社会との間に一定の緩衝帯が形成されていた。しかし、農林業の衰退や耕作放棄によってその人間活動が弱まると、こうした緩衝帯も失われていく。その結果、クマは次第に人間の生活圏に近い場所まで分布を広げ、同時に生息数を増加させてきたと考えられる。
つまり、近年のクマ被害の増加は、単純に「クマが急に狂暴化した」「クマが突然増えた」ではない。ドングリの不作という短期的な自然要因が引き金となる一方で、その背景には人間とクマとの物理的な距離が長い年月をかけて縮まってきたという社会的な変化がある。
東京のクマ
東京のクマの生息地というと、奥多摩町や檜原村を想像する人も多いであろう。しかし、クマの分布拡大は東京でも起きている。現在では、青梅市、日の出町、八王子市などでもクマが恒常的に生息しており、圏央道より西側の森林はクマの生息地となっている。東京でもクマの分布は徐々に東へと広がってきた。
しかし、2025年に北東北で起きたような事態は、まだ東京では見られない。その理由の一つとして、東京では依然として人間の活動が盛んであり、クマが人間の生活圏へ容易に入り込めるような状況にはなっていないことが考えられる。
実際に、東京都が提供するクマの目撃情報などをまとめた「TOKYOくまマップ」を見る限り、クマが人間の生活圏に出没する事例はほとんどなく、その多くはクマ本来の生息場所である森林内で確認されている。
一方で、目撃情報の中には、平野部の縁辺に位置する、人間の生活圏に隣接した場所での目撃も年間数件存在する。そのため、このまま何も対策を講じなければ、東京でも人間の生活圏の中にクマが突然現れるような状況が、何年か後には現実のものとなる可能性は十分にある。
クマ被害の急増を踏まえ、現場では次の出没を防ぐために、さまざまな対策が行われ始めている。
では、クマの出没が身近ではない都心に住む私たちには、何ができるのであろうか。
私たちは何をすべきか
私たち誰もができることは、クマの正しい姿を知り、正しく恐れることに尽きる。
クマという動物がどのような動物なのか、また、何が原因でクマが人里に出没するのかといったことを、もう一歩踏み込んで知ることで、クマはただ恐ろしいだけの動物でも、かわいいだけの動物でもないことが分かるであろう。
それによって、クマは過剰に恐れる必要はない一方で、適切な付き合い方をしなければ、私たちの命を奪う可能性のある存在であることを理解できる。
確かに、都市で生活している私たちにとって、クマは身近な存在ではないかもしれない。
しかし、果たして10年後はどうだろうか。すでに100万人を超える都市でもクマが街中に出没している状況を考えると、クマの出没は都市の住民にとっても身近な現象となる可能性がある。
その時になって慌てることがないよう、他の自然災害と同じように、平時から対策に備えることが重要である。
そのためにも、今からクマについて知ることが、私たちが取り組むべき対策の第一歩といえる。
プロフィール
小池伸介
1975年、名古屋市生まれ。東京農工大学大学院農学研究院・教授。博士(農学)。専門は生態学。現在は東京都奥多摩、栃木県、群馬県の足尾・日光山地、神奈川県丹沢山地などにおいてツキノワグマの生態や森林での生き物同士の関係を研究している。
著書に『ツキノワグマのすべて』(文一総合出版)、『ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら』(辰巳出版)、『クマは都心に現れるのか?』(扶桑社)など。2019年よりNGO日本クマネットワークの代表も務める。
輝け看護!
小さな気づきからつなぐ チーム訪問看護
難病を抱えた在宅患者Aさんは、病状の進行に伴い、これまでできていたことが少しずつできなくなり、意欲的だったリハビリのキャンセルもみられていました。
「もう死んでもいい」と話す一方、「先のことは考えたくない」と涙をこらえる場面もありました。死ぬことの恐怖というより、病気そのものを受け入れられず、これからできないことが増えていくことへの不安を抱えていたように思います。
夫はAさんを心配させまいと、何ごとにおいても「大丈夫」と話し、本人に代わって答えてしまうことが多くありました。そこで本人の思いを聞くため、あえて看護師二人で訪問し、夫の思いも聞きながら、Aさん自身の言葉をゆっくり聞くことにしました。
そのきっかけとなったのは、リハビリ職員が感じた小さなサインでした。夫の前では話しにくそうにするAさんの表情や視線に気づき、「何かあるのではないか」と捉え、すぐにチームで共有しました。
本人から話されたのは、これまでなかなか口にできなかった家族の金銭的な問題や、病状の進行によって家族に負担をかけてしまうことへの不安でした。
そこには、できなくなっていく自分を感じながら、これからの準備を始めたいAさんの思いがありました。
今後は話すことや呼吸をすること、家族と過ごすことさえ難しくなるかもしれません。これまで多くのことを拒んできたAさんが、この先どのような思いになるかはわかりません。
だからこそ、その時々の「これからどう過ごしたいのか」を確かめ、変わりゆく気持ちに寄りそってゆきたいと思います。その積み重ねが、Aさんらしく生きることを支えるACPにつながると感じています。
(訪問看護ステーションほくと 橋本明子)