東京民医連

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みんいれんTOKYO(機関紙)1面の記事の抜粋です

コロナ禍で考える憲法の大切さ
 ~憲法理念の実現怠った日本
   社会保障の削減続ける新自由主義~
日本体育大学教授 清水雅彦

感染者に直接対応する医療関係者
 今回の新型コロナウイルスがやっかいなのは、圧倒的多数の非感染者や無症状者は、直接その怖さがわからないことです。約1億2600万人の日本の人口に対して、これまで感染が確認された人数は約3万人です(もちろん、確認されていない感染者はそれ以上いるわけですが)。多くの人びとは、1日の感染者数が急増したり、著名人の死亡や病院などで集団感染が発生したことを報道で知り、不安感が高まるといった状況です。
 一方で、特に感染者に直接対応する医療関係者は、自分の目で感染した状態や感染の拡大を見ているのですから、その怖さを直接知ることになります。そのような恐怖感を抱えながら医療行為に従事する医療関係者のみなさまには、本当に頭が下がります。実感として怖さがわかるだけに、多くの人びとにその怖さを伝えていってほしいと思います。

 

コロナ禍は何をあぶりだしたか
 さて、今回のコロナ禍は何をあぶり出したのでしょうか。東アジアは欧米と比べると感染者数は少ないですが、中国以外の東アジアの中で日本の感染者数・死亡者数は突出しており、東アジアの中での失敗例として捉えることができます。
 今年の東京オリンピック開催にこだわり、開催延期が決まるまで徹底した検査と感染者の隔離を怠ったことに原因があります。その後の、あの「東京アラート」も何だったのでしょうか。
 検査を制限した理由として挙げられるのが医療崩壊の回避です。その背景には、日本における新自由主義改革で社会保障費を削減してきたことがあります。
 全国の保健所数は、1990年には850ヶ所もあったのに、今年は469ヶ所まで減らされました。日本のICUの数は、特定集中治療室管理料だけでなく救命救急入院料とハイケアユニット入院医療管理料の病床も加える厚労省の統計でも、今年の発表によると、人口10万人当たり13・5床で、アメリカの34・7床やドイツの29・2床と比べると大変少ないです。2019年公表のOECD資料によれば、人口1000人当たりの医師数は、OECD平均3・5人に対して日本は2・4人で、OECD加盟36か国中32位です。

 

社会権を保障する現代憲法
 ところで、私の専門である憲法から考えてみましょう。憲法はそれまでの封建制を打倒した、フランス革命など主に18世紀の市民革命後に多くの国で登場したものです。憲法のことを国家権力制限規範というように、憲法の直接の目的はいかに国家権力を縛るのか、ということです。これまで散ざん悪さをしてきた国王など権力者を革命で倒し、今後は国家権力が暴走しないように作りました。究極の目的は、国家権力を縛ることで国民の権利・自由を守ることにあります。
 この権利・自由も、今後は国家権力が個人の領域に介入しないための自由権(人身の自由、経済的自由、精神的自由)が中心です。この自由権は「国家からの自由」と表現し、市民革命後の自由権を保障する憲法を近代憲法といいます。
 ところが、市民革命後の資本主義の下、国家が労使間の問題にも介入しないことで、労働者と資本家の格差が拡大しました。そこで労働運動・社会主義運動が展開され、20世紀に入ると国家が国民に必要な介入をすることで権利・自由を守るようになります。これが社会権(生存権、教育を受ける権利、労働者の権利)で、この社会権を「国家による自由」と表現します。また、20世紀以降の社会権を保障する憲法を現代憲法といいます。

 

生存権規定あるが貧相な社会保障
 日本国憲法の場合、市民革命を経験していませんが、20世紀の憲法なので近代憲法と現代憲法の歴史を正当に受け継ぎ、自由権と社会権の両方を保障しています。実は各国の憲法を見た場合、どこの国の憲法でも自由権は当然保障しますが、社会権はまちまちなのです。
 アメリカ憲法は古いので社会権規定がありませんし、福祉国家のスウェーデン憲法には生存権規定がなく、いまだに医療費を原則として無償化しているイギリスにはそもそも憲法典がありません。自由権としての生命・自由・幸福追求権(13条)だけでなく、社会権としての生存権(25条)をも保障する日本国憲法は、憲法としては最先端の憲法といえます。
 しかし、憲法に生存権規定のないスウェーデンや、憲法典のないイギリスがあれだけの社会保障をしていながら、憲法に生存権規定がある日本の社会保障は本当に貧相です。日本は国家が憲法理念の実現を怠り、憲法通りの社会になっていないのです。今回のコロナ禍についても、日本が憲法理念を実現した国家であれば、結果は変わっていたでしょう。

 

医療現場の皆さんの発信に期待
 そういった意味で、医療・介護の第一線で働く皆さんが、怠惰な国家に代わって憲法理念実現の先頭に立ってきたのです。みなさんの営みがあったからこそ、憲法の改悪を防ぐことができましたし、もっと悲惨な結果も回避してきました。また、現場にいるみなさんこそ、憲法理念と現実の乖離をより説得力を持って日本社会に訴えることができます。これまでのみなさんのとりくみに感謝しつつ、今後の発信に期待しています。

 

 〈清水教授のプロフィール〉1966年兵庫県生まれ。札幌学院大学法学部教授などを経て、現在、日本体育大学スポーツマネジメント学部教授。専門は憲法学。研究テーマは平和主義、監視社会論。民主主義科学者協会法律部会事務局長、戦争をさせない1000人委員会事務局長代行、九条の会世話人。著書に、『治安政策としての「安全・安心まちづくり」』(社会評論社、2007年)、『憲法を変えて「戦争のボタン」を押しますか?』(高文研、2013年)、『9条改憲 48の論点』(高文研、2019年)など。