東京民医連

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みんいれんTOKYO(機関紙)1面の記事の抜粋です

保健所の機能強化で感染拡大抑え込む
地域連携で医療提供体制を確保
墨田区保健所長・医師 西塚 至さんに聞く

 新型コロナ第5波で都内でも「医療崩壊」がおこるなか、墨田区は保健所機能を強化し、重症者・死者を出すことなく乗り切りました。なぜ、それができたのか。西塚至保健所長にお話を聞きました。(聞き手:編集部)

 

保健所の体制強化

 感染症パンデミックにおける自治体の役割は、インテリジェンス(国内外の情報収集)、セキュリティ(蔓延防止措置)、ロジスティクス(医療提供体制確保)、リスクコミュニケーション(地域住民への情報提供)、この4つの機能をバランスよく維持していくことです。
 今年の8月~9月、平時は10人の保健所体制を125人(保健師・看護師67人)に増やしました。向島、本所のセンター38人の保健師が感染対策業務を兼務し、人材派遣会社等からも確保しました。課題ごとに14のチームにわけ、自立と連携で保健所の機能を維持しました。第5波のさなかでも、検査結果が出たその日に、遅くとも翌日に保健所から患者に連絡をいれ、パルスオキシメーターや食料を届け、積極的疫学調査も全件実施しました。
 ただ人を増やすだけでは機能しません。支援を受ける側が「受援」の体制をつくることが大事です。支援者に教育が行き届かず放置状態にならないよう、統括保健師を置いて全体の教育、職員一人ひとりの支援、配置の検討、各チームの業務量の把握と援助をしました。土日は常勤者を休ませて支援者に業務を任せられるように育成しました。

 

100%の目標掲げたワクチン接種

 9月末までに対象者の80%、介護施設の入所者と職員は6月までに接種を完了しました。おかげで第5波での高齢者の感染はほとんどなく、クラスターも出ませんでした。
 多くの自治体は季節性インフルエンザに準じて接種率65%想定で目標を立てたと思います。早く目標達成しますし、関わる医師の数も少なくてすみます。しかし墨田区は100%の目標を立て、それに見合うワクチン、人員、施設を確保しました。モデルナワクチンも認可され次第、使用することとしました。
 ワクチンの小分けが難しいため集団接種とし、予約も区で一元化。9月末で完了するよう週ごとに接種計画を立てました。集団接種会場は、最初は区役所や公民館、小学校の跡地など4会場を設け、7か所の救急病院でも実施。なじみのある公共施設なので高齢者も安心して行けました。町内会のみなさんも、予約の方法がわからない人への支援や道案内など協力してくれ、地域に根差した集団接種会場の運営ができたと思います。
 その後、若い人の接種が始まると、スカイツリーや駅周辺のホテルなど民間の施設を使って接種会場を増やしました。
 ワクチンが足りなくて2回目の予約をストップした自治体もありましたが、墨田区では全員分の予約枠を確保して進めたので混乱はありませんでした。接種券も早い段階で全員に発送したので、自衛隊の集団接種会場がガラ空きになった時期に、すでに接種券が届いていた区民1万3000人がそこで接種することができました。

 

PCR検査の拡充

 昨年3月当時、検査可能な数は1日20件から30件でした。「症状が出てから4日間」の縛りがなくなり相談件数が急増した時に、多くの自治体は検査数を絞りましたが、墨田区では必要な検査をすべて行うことにし、4月に区のPCR検査センターを稼働させました。
 保健所の検査技師が蚊のデング熱の検査を続けていたのでPCR検査のノウハウがあり、6月から自前で分析もスタートしました。行革の流れのなかで、多くの自治体は保健所の検査機能を民間委託していますが、墨田区には検査技師がいたので対応することができました。費用は試薬代だけなので1000円程度ですみます。民間の検査センターも昨年6月に誘致し、現在は区全体で1日約1200件の検体採取、1600件の分析能力があります。
 昨年の12月から検査可能な医療機関を区のホームページですべて公表し、年末年始も予約なしで検査を受けられるようにしました。第5波でも50%の人が発病から1日、75%の人が3日以内に検査を受けられており、早期診断ができています。
 区独自に検査ができるので、修学旅行や校外学習の出発前の検査なども行っています。区の判断で濃厚接触者からさらに対象を広げてPCR検査をする場合も、検査を受けた人の負担はありません。

 

医療提供体制の確保

 昨年7月から毎週、区内12病院の院長と医師会、保健所が会議をして問題を共有しています。墨東病院でクラスターが発生したときには、周りの病院が快く患者を引き受けてくれました。
 墨田区では、都が入院調整する重症・中等症203床のほかに、区独自に緊急対応33床、回復期56床を確保しました。緊急対応病床は妊婦や小児、透析患者など入院調整が難しい方の受け入れや、抗体カクテル療法のための1泊入院を担います。妊婦については入院調整できない区外の方も受け入れています。
 緊急対応病床には、今年8月から来年3月まで1床100万円、回復期病床には今年1月から1年間、病院あたり1000万円の補助をしています。区内12病院のすべてが機能に応じた病床を確保してコロナの治療に参加しており、第5波でも入院調整待ちや高齢者施設で陽性者が留め置かれるという事態は起こりませんでした。
 自宅療養者を支えるために5つの健康観察チームと、自宅療養支援薬局の仕組みをつくりました。医師会、薬剤師会が自ら立ち上がり、特別な手当なしで支えてくれています。必ず入院できる、安心して家で療養できることが住民の安心につながっています。
 コロナ以前から、災害訓練で医療従事者と行政が頻繁に顔を合わせる機会があり、いざという時には協力する風土がありました。民間中小病院が多く、開業医との垣根も低い。第1種感染症指定医療機関である墨東病院を中心に、一緒に感染症の勉強や訓練をしており、感染症に対する意識も高いと思います。

 

災害や感染症に備えて大事なことは
 墨田区は基礎自治体に保健所があり、区役所からの応援もあります。通年議会なので必要な予算は毎月本会議で確保しています。それが区単位でやれるのが強みだと思います。
 第5波では、全国でたくさんの方が自宅で亡くなる事態が起きました。もっと救えた命があったはずです。行政の役割として国も都も、保健所の体制を厚くしてほしいと思います。
 行政的医療については国や都道府県が責任を持つべきで、公的病院は感染症患者の受け入れを積極的に行ってほしい。一方で、平時に感染症病床はたくさん必要ありません。災害時やパンデミック時にすぐに開けられる臨時医療施設を行政が準備しないといけない。そこへの医師や看護師の支援に、民間の医療機関の協力が必要だと思います。