SDH、HPH、そしてまちづくりへ

根岸京田医師(全日本民医連副会長・東京民医連会長)

4月27日に開催された2019年度東京民医連全医師集会では、「病院・地域で健康を科学する HPH~ヘルスプロモーティングホスピタル=健康増進活動拠点病院~」をテーマに、活動報告や意見交換が行われました。当日は学習講演として、HPHの活動に早くからとりくんでいる東京民医連会長の根岸京田医師が講演しました。その内容をお伝えします。

健康の定義

最近はHPH(ヘルスプロモーティングホスピタル=健康増進活動拠点病院)について話す機会が多くなりました。そこで今日はまず、健康の定義は何か、ということからお話したいと思います。

 

第二次大戦後に国連ができ、そのときにWHO(世界保健機関)が作られて、WHO憲章が批准されました。その冒頭に、健康の定義として「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、満たされた状態であること」と書かれています。肉体的、精神的というのは想像がつくと思いますが、社会的に満たされた状態というのはどういうことなのか。WHOや公衆衛生に関わる方たちは、ある意味これを追求してきたのではないかと思います。肉体的、精神的というのはどちらかというと個人の問題ですが、社会的というのは明らかに他人との関係です。

 

この健康の定義は、90年代ごろに改訂しようという話があり、スピリチュアル(spiritual)という言葉と、非常に動的な状態であるという意味のダイナミック・ステイト(dynamic state)という言葉を入れようという動きがありました。ただ、なかなか賛同が広がらず、いまだにこの1948年のWHOによる定義が「健康の定義」ということになっています。

 

次の項目には、「人種、宗教、政治信条や経済的・社会的条件によって差別されることなく、最高水準の健康に恵まれることは、あらゆる人々にとっての基本的人権のひとつです」とあり、権利としての健康について述べています。これは日本国憲法の第25条に引き継がれて、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と書かれています。この「最低限度」という部分だけを強調すると、「生活保護の人が車を持っているのはおかしい」というようなおかしな話になってしまいますが、こと健康に関しては「最高水準」しかない。お金のあるなしによって「あなたは最高、あなたは中ぐらい、あなたはこの程度」などということはないのだということです。その時代、その地域においての最高水準の健康に恵まれるということは、基本的人権なのだということをここで宣言しています。

 

その次には、「一般の市民が確かな見解をもって積極的に協力すること」が述べられています。つまり、健康についてはお上からもらうばかりのものではなく、自らの積極的な参加が必要であるということです。それから、「各国の責任」ということが述べられています。

 

これを1948年の段階でWHOが出したということは、第二次世界大戦の前後にこういうことをいわざるを得ないような状況があったのではないかと思います。

 

国際生活機能分類(ICF)という考え方

もうひとつ、ICFという考え方を紹介しておきます。これはリハビリの皆さんにはポピュラーな考え方で、最近はケアマネジャーの皆さんもこのような考え方をしていると聞きます。健康状態というのは、心身機能だけの問題ではないのだという考え方です。先ほどの健康の定義にも通じますが、社会的にも満たされるという点では、活動あるいは社会参加といったものを含めたところで健康状態は保たれていくのだという考え方です。

 

私が急性期の病院で働いていた頃は、「病気を治すと健康になるのではないか」と考えていました。病院はここばかりを追求しすぎたのではないでしょうか。ICFでは、「心身機能の低下による社会性の喪失」と「社会因子による健康障害=健康の社会的決定要因」を双方向の矢印で結びつけて考えています。つまり、体だけ治せばその人は社会生活を営めるのか、元の職場に戻れるのか、住み慣れた街へ帰れるのか。そういうことが問題なのです。

 

何かの病気になって、病気のせいで活動量が落ちて、社会参加ができなくなって、孤立が深まっていくというのが、普通われわれが考える病気のコースです。しかし実は、逆方向もあるのです。何らかの理由で社会参加ができなくなる。失業してしまう。あるいは貧困状態に陥ってしまう。そうするとだんだん引きこもりになり、活動量が落ちていき、うつ病を発症してしまうというような逆方向の流れです。この逆方向の流れが、社会因子による健康障害、つまり健康の社会的決定要因ということになるのではないかと思います。

 

健康の社会的決定要因とは何か

健康の社会的決定要因をSocial Determinants of Health、略してSDHといいます。若い先生はまだあまり馴染みがない言葉かもしれませんが、この数年間、民医連では重視してきましたので、ポピュラーになってきました。間違いなくこれからの健康問題を考えるキーワードになっていくと思います。この社会的要因がどのように発見されてきたかを見てみましょう。

 

ロンドンの公務員が多く住んでいる地域で健康状態をフォローしたデータがあります。公務員というと、特に裕福ではないけれど貧困でもなく、だいたいみんなが健康保険に加入しているという、比較的均一な集団です。その中の冠動脈死の原因を調査すると、喫煙や血圧、コレステロールなどのリスクファクターを除外しても説明できない要因があったのです。しかもそれが職位によって3倍から最大4倍と、大きな差があることがわかりました。そこから社会経済的な状態、ソシオ・エコノミックステイタス(Socio-economic Status)がこの余剰死亡に関係しているのではないかということが発見されました。1970年代の話です。データでは管理職の健康状態が最もよく、その人たちの冠動脈の死亡率を1とすると、プロフェッショナル、専門職は2倍ぐらい、普通の事務職は3倍、その他のメッセンジャーや清掃職員、運転手といった職種の人々は4倍になります。確かにこういった職位の人は喫煙やコレステロールレベルも高いのですが、それを除外しても説明がつかない。こういうところから、社会経済的な状態が健康に影響を及ぼしているのだろうと考えられました。

 

これが20世紀の公衆衛生学上の最大の発見といわれて、1996年と2003年にWHOのヨーロッパ委員会が「ソリッドファクツ」というものにまとめています。直訳すると「確かな事実」という意味で、「社会的な要因により健康が影響を受けることは確かな事実である」ということです。日本だからこうだ、アメリカだからこうだというのではなく、世界共通の原因があるのだという意味もあります。

 

社会格差は、SDHを介して健康格差を生む

社会格差やストレスは、人間が集団生活を営んでいる以上避けられないものですが、それ以外の部分、たとえば幼少期に十分な支援を得られない、社会的排除、貧困、失業などによっても、人は不健康になります。これが世界共通であるということを、ヨーロッパのWHOのSDH(健康の社会的決定要因)委員会が出しています。この中では、職業階層別平均余命は、専門職、管理職、熟練職、肉体労働に従事する人などの間で差があるということが紹介されています。たとえば自分で自分の仕事量をコントロールできるか、5時以降になっても平気で電話1本で呼び出されるとか、いつ仕事が失われるかわからないというような状況にあるのかどうかによって、自分でコントロールできる人を1とすると、あまり自分で仕事の内容をコントロールできない人は2~3倍ぐらいと差があります。正規雇用なのか、非正規雇用なのか、無職なのか。そういうことで、慢性疾患や精神疾患の有病率が変わってきます。また、精神疾患は無職の人よりもむしろ非正規雇用の人のほうが有病率が高いということがわかりました。

 

その後も研究がすすめられ、2008年にSDH委員会の最終報告が出されました。ここでは、「健康の不公平を軽減することは倫理的な緊急事項である」と述べています。つまり、健康の社会的決定要因が人間社会によって作り出されたものである以上、人間社会がそれを改善することができるのではないか、それを放置しているのは倫理的な問題ではないかというのです。「今や社会的な不正義が大規模に人々を殺しているのだ」という非常に強い言葉で、各国の政府に対して無策を指摘し、もっと対策を取りなさいと強く主張しています。安全な住居、安全な場所、清潔な水などは基礎的なニーズであり、特に都市の貧困層に問題があるのではないかとして、都市のスラムの改善に投資をしていこうと述べています。

 

ソリッドファクツの第2版やSDH委員会の最終報告に中心的に関わったのがマイケル・マーモット先生です。この先生が2010年に「マーモット・レビュー(Marmot Review」」と呼ばれるレポートを出しています。題名は”Fair Society Healthy Lives”、つまり「公正な社会と健康的な人生」です。その中では、「社会の不平等からくる健康の不平等は避けられないものではない。十分に軽減しうるものである」としています。では社会の不平等とは何かというと、所得、教育、雇用、地区の環境などの不平等です。これは人間の営みによって変えられるものであり、主に政治の役割でしょうということを言っています。これが「健康格差」という赤い本に結実しているわけです。

 

人間が社会を営んでいる以上、一人きりでは生きていません。そして集団を作ると格差というのはどうしても避けられません。そうした社会格差はある程度避けられないとしても、それが実際の健康格差を生じることは軽減することはできるのではないか、そのように政治をするのが正しいのではないかということです。社会格差はSDHを通じて健康格差をもたらします。失業、薬物、社会の結びつきの不足、劣悪な労働態様、貧困などが、社会格差を実際の健康格差に広げる要因になるのです。

 

カナダの医師たちから学んだこと

この間、民医連では、カナダ・トロントのセントミカエル病院の家庭医の先生方をJHPHのカンファレンスにお呼びして講演をしていただき、いろいろ学んで刺激を受けました。最初に来ていただいたギャリー・ブロック先生の「不健康の原因が貧困であるならばまず貧困を治療すべきでしょう」という言葉にはギョッとしました。「貧困を治療するとはどういうことなのか」と。私たちが患者さんのカンファレンスをやる中で、「この人の健康状態が悪いのは貧困のせいだ」あるいは「職業を失ったせいだ」とアセスメントするのであれば、それに対して、治療とはいわないまでも何かしら改善するための運動をしないのはおかしいのではないかというのです。ある意味至極真っ当なことですが、少し驚きました。我々の日常的なカンファレンスの中では、「この人の健康状態が悪いのは貧困のせいです」といって、そこで終わっていたわけです。そこから先は我々の仕事ではないと思っていたのですが、「貧困は治療すべきだ」と彼はいうわけです。いろいろな制度を活用したり、人とのつながりを紹介したり、方法はいろいろあります。まだ試行段階ですが、その教訓は民医連が作成した「経済的困窮評価支援ツール」に生かされています。

 

昨年はこの先生の後輩にあたるアンドリュー・ピント先生が来日し、とにかく行政を動かさなければ話にならないということで「行政との共通言語はエビデンスだ」と言っていました。つまり、臨床研究をするにしても、研究をすすめながら同時にそのデータをもとに働きかけないと行政は動いてくれないというのです。たとえば、無料低額診療は大事な活動ですが、そのためにどのようなデータを集め、どのような効果があるからこういう政策をやってくれというのを、やる前から一緒に考える。そうした臨床研究のやり方、あり方というのを随分教えていただきました。

 

彼らはほかにも、テレビの中継に飛び入り参加して発言するような面白い活動もしています。ギャリー・ブロック先生は、セントミカエル病院の准教授ですが、 “ROVERTY KEEPS US SICK”(貧困が私たちを病気にします)という反貧困運動に普通に参加しています。彼らにとっては日常診療をすることと、貧困を改善するための運動に参加することは同列であり、同じ延長線上にあるのです。

 

カナダの医師のコンピテンシー、必要な能力というものについて書いた本があります。その中に医療の専門家に必要な資質・能力(コンピテンシー)を示した図が出てきます。これは医師に限らず、医療の専門家に必要な資質・能力を示したもので、その中に「ヘルスアドボケイト」というものが出てきます。アドボケイトというのはなかなか日本語にしにくいのですが、代弁者というべきでしょうか。健康に対してなかなか声を上げられない人たち、あるいはそうした情報にアクセスできない人たちのために一緒に声を上げることが、こうした活動を含めて重要であると強調しています。この図はカナダでも非常に有名になり、100カ国以上で引用もされています。コンピテンシー

 

プライマリー・ヘルスケアとヘルスプロモーション

ここでWHOの健康戦略についてお話します。ひとつはプライマリー・ヘルスケア、もうひとつはヘルスプロモーションです。これらは車の両輪のようにいわれています。

 

1978年に最初にプライマリー・ヘルスケアというものが提唱されました。1978年というのは非常に特殊な年です。1975年にベトナム戦争が終わり、ソビエトがアフガニスタンに侵攻してモスクワ・オリンピックがボイコットされるきっかけになったのが1979年です。その間のほんの数年間だけの緊張緩和の時代に、当時のソ連のカザフスタン首都のアルマ・アタというところで国際会議が開かれ、このプライマリー・ヘルスケアというものが提唱されました。その背景には、発展途上国の医療支援が課題になっていたことがあります。当時何が起きていたかというと、途上国に大きな病院を建てたり、CTを持っていったりするのですが、あまり役に立っていない。そこで地域の人たちに本当に必要な医療を届けるには、住民のニーズに基づく方策を取らなければいけないと考えられるようになったのです。同時にその土地にある地域資源を有効に活用しようと。大きな病院がなくても、保健師さんたちの保健活動などがあればきちんと利用する。あるいは住民参加で、医療以外のいろいろなものと連携していきましょうというように、地域性重視と住民の自立・自助を提唱しています。必要なところに必要な医療を届けるという意味では、医療を民衆化しているといえるかもしれません。

 

ここで住民参加という部分を強調したのがヘルスプロモーションです。プライマリー・ヘルスケアはどちらかというと医療提供側の視点なのに対し、ヘルスプロモーションは定義から見ても主語は人々です。ここでは健康の前提条件として、平和や住居などが挙げられていて、それがやがて健康の社会的決定要因に発展していきました。ですからこれは、社会を健康にしていこうという動きになっています。どちらかというとプライマリー・ヘルスケアのほうは民医連っぽい感じで、ヘルスプロモーションのほうは医療福祉生協っぽい感じがしますが、両方必要だということです。

 

ヘルスプロモーションの概念

ヘルスプロモーションの概念を表した有名な図があります。日本HPHネットワークのCEOである順天堂大学の島内先生が考案したもので、健康という大きな球を転がしながら坂道を上っている人が描かれています。健康がこの図のようなものであるとすると、健康は人生の目的ではなく、人生の目的や真の自由と幸福のために必要なのが健康ということになります。ヘルスプロモーションの概念ヘルスプロモーション図引用元:日本ヘルスプロモーション学会

 

そこでまず、この人が坂道を上れるように励まさなくてはいけないという考え方があります。この人の背中を押してあげるには、ライフスタイルに関わることで、禁煙をしましょう、食べ過ぎに注意しましょう、運動をしましょうというようなことが考えられます。どちらかというと自分で頑張ってくださいという、自己責任の話に陥りがちな方法です。こうしたやり方は医学的アプローチ、アメリカ型といわれます。

 

もうひとつは、坂の勾配を緩やかにしてあげようという方法です。これは健康になりやすい環境づくりをしていこうということです。これが健康の社会的決定要因であって、ヨーロッパ型ともWHO型とも言われ、環境を整えるという意味でセッティング・アプローチともいわれています。

 

これらを両方やるのがヘルスプロモーション活動であるということを、この図は見事に示しています。それには大きく5つの重点活動目標があり、一番は「健康的な公共政策づくり」です。やはり健康的な社会を作っていこうというのが一番の目標です。周りを変えていくということです。これを作ったとき、WHOのヨーロッパの主要研究者のひとりであるイローナ・キックブッシュ氏が「ヘルスプロモーションの最大の敵は貧困であり、究極の目的は平和である」とおっしゃっています。この図が作られた1986年頃、イローナさんは30代半ばぐらいの研究者で、ちょうど同年代の島内先生がヨーロッパに留学中で一緒に仕事をしていたそうです。

 

健康はまちづくりの課題

HPHの国際カンファレンスでニューヨークの研究者が発表したニューヨークの喫煙率に関する保健所のデータがあります。医療側から「このまま喫煙を続けていると肺がんになりますよ」とか「肺気腫になって在宅酸素しなければいけなくなりますよ」などと様々な働きかけを行いましたが、喫煙率は、20%から下にはずっと下がりませんでした。そこでニューヨーク市が何をやったかというと、まずタバコの税金を上げました。それから仕事場の禁煙をすすめるためのキャンペーンを行いました。さらにフリーパッチプログラムということで、禁煙をしたい人にニコチンパッチの最初の1枚を無料で配りました。その後もマスコミを通じたキャンペーンを行い、数回にわたり税金を上げ、公共の場やレストランでタバコを吸えないようにするなどしたところ、喫煙率が下がったというデータです。

 

このように医療機関だけが頑張っていてもなかなか結果が出ないことがわかります。行政、住民、商店街、経済界など、いろいろなセクターとの協力が必要であり、もとからあるものを見直しながら、地域の健康を守る新しい枠組みを作ることが必要なのです。つまり、医療分野だけの努力では地域の健康は守れないので、多分野の共同が必要であり、まさにそれはまちづくりの課題であるということです。それには健康的な会社だったり、学校だったり、行政だったり、病院だったりが必要になってきます。

 

同じような枠組みがあちこちに必要で、例えば認知症についてもみなさん感じていると思いますが、もう医療機関だけでどうにかなる話ではなくなってきています。認知症の方が住み慣れた地域で住み続けるためには、まちの人たちの協力が必要であり、会社や学校、交通機関や商店街などの理解がなければすすまないわけです。糖尿病に関しても、民医連の調査が示しているように、明らかに社会のありようが糖尿病の発症や悪化に関係しています。がんにもあると思います。がんについて今一番問題なのは、高額な治療費と就労です。がんはよく治るようになったものの、2割ぐらいの人は仕事を失ってしまいます。ですからその支援をどうするか。やはり医療機関だけではなく、社会全体として取り組まなければいけないものであり、そこに医療機関がどう積極的に関わっていくかという問題があります。

 

先ほどのヘルスプロモーションの図では、重点活動分野の一番最後に「ヘルスサービスの方向転換」というものがあります。もともとは「ヘルスサービスのリ・オリエンテーション(Re-orientation)」という言葉が使われています。今まで治療や診療に特化してきた医療機関について、もう少しまち全体を健康にするとか、普通に地域で暮らしている人たちに目を向けよう、広げてみようということを、ひとつの大きな重点課題としています。ここからHPHが発展していくということになります。

 

HPHとは?

HPHは、Health Promoting Hospitals & Health Servicesの略です。ヘルスプロモーションを組織理念として活動する病院ということで、世界中に広がりつつあります。施設数では1000ぐらいになりました。

 

実際にどういうことをしているかというと、HPHの対象は主に3つあるといわれています。ひとつはまず患者さんです。患者さんに良質な医療を届けるということと、特に社会的に困難な人たちにきちんと医療を届けること。入院中から退院後までを考えながら、健康問題に対するアプローチをしていきます。もうひとつは地域住民です。普段あまり病院にかかっていない人たちも含めて、社会全体を健康にするには地域の人たちをどう巻き込んでいけばいいのかということです。そしてもうひとつ重要なのがスタッフです。医療機関で働いているスタッフこそヘルスプロモーションが必要であるということです。

 

HPHでは、アルコール、精神領域、子ども、移民にやさしい病院など、特に関心の強い分野についてはタスクフォースという特別な研究班を設け、ガイドラインを出しています。たとえば移民の方々に対してどのようなアプローチをするかについてもガイドラインが出されていますが、我々が最初にHPHに参加した頃に話題になっていたのが、ロマと呼ばれている旅芸人の人たちです。教育についても健康問題についてもほとんど放置されてきたような状態ですが、そこにアプローチしようとすると彼らは地続きの他の国に行ってしまう。そうして転々としているうちにずっと放置されてしまうという問題があります。韓国の皆さんが発表していたのは、脱北者の人たちの子宮頸がんが非常に多いということで、その人たちの健康問題をどうするかということでした。こうした地続きの隣国の問題は我々には想像しにくい問題ですが、昨年、一昨年あたりにはシリア難民が話題になっていました。

 

高齢者にやさしい病院というのはこれから非常に大きな課題になると思います。これについては台湾で非常に取り組みが進んでいます。

 

あとはヘルスプロモーションの定義上、市民との共同というのが重要です。そこで日本への興味と期待は非常に高いと思います。なぜならヨーロッパの病院はほとんどが国や教会や貴族の慈善事業として始まったもので、大学病院やセント〇〇病院と名のついている大きな病院が多く、住民運動で建てた病院はないのです。日本からは民医連の皆さんがたくさん参加しているので、住民の皆さんが貧しい中で少しずつお金を集めてクリニックを作って病院を建てるということを経験した人も少なくありません。2008年に初めて国際HPHカンファレンスに千鳥橋病院が参加して、ポスターセッションに参加し、「心筋梗塞後のリハビリのために、公園に友の会の皆さんが100人ぐらい集まって体操をしています」という発表を行いました。我々からすると当たり前のような話ですが、ヨーロッパの人たちは「国の機関でもない一民間病院なのに、なぜこんなことができるのか」と驚き、多くの質問が寄せられました。住民の積極的参加を実現しているという意味で、日本の民医連に対する興味は非常に高いと思っています。

 

日本のHPHは現在、全国103事業所まで増えました。ここには病院だけでなく、クリニックや薬局、法人グループ、研究機関なども含まれています。地域医療振興協会のヘルスプロモーション研究所や、去年から今年にかけて加盟した京都大学公衆衛生学教室、15ほどの教室がまとめて加盟して、研究者の皆さんがどんどん増えています。HPHという枠組みを使って、日本の健康をどう改善していくかということを研究しています。そういう意味では、学問的にも深まってきていると思います。

 

民医連と国連の健康戦略の親和性と先進性

国連はSustainable development goals(SDGs)、「持続可能な開発目標」を出しています。そこには、むやみやたらに開発をすすめるのではなく、持続可能な開発をしていかないと、もうこの地球は持たないのではないかという危機意識があります。そこでは、「誰も置き去りにしない(no one will be left behind)」を基本理念にした新たな指針として、17分野の目標が掲げられました。特に民医連に関係がありそうなものとして、「すべての人に健康と福祉を」や、「貧困をなくそう」「人や国の不平等をなくそう」「住み続けられるまちづくりを」などがあります。国連がこれを提唱したのは、極度な貧困を含む貧困を撲滅することが最大の課題であるという国連の問題意識があるからです。やはり健康と福祉には貧困が密接に関係していますし、住み続けられるまちづくりにも関係しています。「私たちは医療機関なのでこれだけやります」というのは通用しません。これらの目標は互いに深く関連しており、全部やるべきものです。

 

民医連は健康と福祉の連合体ですが、平和の問題やまちづくりにも取り組んできましたし、不平等や貧困をなくそうという活動もやってきました。その点で、民医連と国連、WHOの健康戦略は非常に親和性が高いと思います。民医連のやってきたことと国連の目指すものが、だんだん同じようなものに集約しつつあります。縦割りに分断されてきた医療ではこれからの複雑な問題に対応できないので、総合性が非常に大事であるということが見えてきました。市民の参加については、あらゆる活動を共同組織でやろうということや、共同の営みとして捉えるということも共通しています。

 

ソーシャル・キャピタルと健康

もうひとつ、ソーシャル・キャピタルというものがあります。今、人々の社会的な孤立が、社会的にも健康上でも大きな問題になってきました。皆さんが時々一人になりたいというのは楽しむべき孤立(Solitude)であり、社会的孤立(Loneliness)とは違います。ソーシャル・キャピタルは簡単にいうと人々の結びつきの強さのようなものですが、この研究の第一人者は、ハーバード大学のイチロー・カワチ先生です。この先生は大阪生まれで10代まで日本で過ごし、その後ニュージーランドで医学を学び、アメリカでハーバード大学の公衆衛生学教授になった方で、よく日本にも来られて研究をしています。「なぜ日本人は長寿なのか?」といいますが、日本人の食生活は必ずしもすべて健康にいいわけではありません。お酒については寛容な社会ですし、日本食は健康食と言われますが、醤油をかけると塩分が多くなってしまいます。都市部では非常にストレスも高い。それでも日本人が長寿なのは、環境によるものだろうというのです。

 

とりわけ社会のありようとしてのソーシャル・キャピタル、つまり集団の連帯感が日本人の長寿の理由ではないかというような研究をされています。たとえば、「情けは人の為ならず」、「持ちつ持たれつ」、「お互い様」といった言葉が、日本では普通に日常会話の中に出てきます。外来で来たおばあちゃんに「具合はどうですか?」と聞くと必ず「おかげさまで」と言います。自分が今元気でいるということは、誰かの世話になっているという思いが強くあります。それはギブ・アンド・テイクということではなく、もともとお互いの信頼感のようなものが日本人の中にはあるのではないでしょうか。隣近所の人と挨拶していますか?最近は都会の生活の中では、全く関わらないということも増えてきていますが…。それから、家に鍵をかけていますか?今はかけていますが、子どもの頃は鍵なんてかけていなかった。そんな信頼関係が昔はあったわけです。

 

社会参加と介護予防効果の関係について

社会の結びつきということについては、千葉大の近藤克則先生が行っている「老年学的評価研究」(JAGES)というものがあります。これは自治体ごとに、登録すると、非常に細かいアンケートをずっとフォローするという形で行われています。だんだん参加する自治体が増えて、現在では40万人ぐらいフォローしています。小学校区ごとにいろいろなデータがあり、たとえばスポーツ関連のグループに参加する割合の多い地域では転倒率が低い。趣味関係のグループに参加する割合の多い地域では、うつのスコアが低い。あるいはボランティアグループへの参加率が高い地域では、認知症のリスクが低いというデータが出ています。つまり、小学校区ごとに転びやすい地域や認知症になりやすい地域がわかったりするわけです。これは非常にたくさんのデータを使って多くの研究成果が出ています。

 

ここで社会的孤立の問題です。これは人口問題研究所が出したデータですが、「他者との会話の頻度はどれぐらいですか?」という質問に対して、80歳以上の男性で2週間に1回以下しか人と話さない人が6%。女性はもう少し低くなります。しかし、20代の若者でも2%いたことが驚きでした。つまり2週間に1回以下しか人と話さないということは、我々が2週間に1回訪問診療に行ったのが唯一、人と話す機会だという人がいるということです。これが非常に人々を不健康にしているのです。

 

さまざまな対策

最近では、「過労死」に続いて「孤独死」という言葉が英語になってしまいました。日本では、孤独は自己責任だと考える人が44%と非常に多いです。去年話題になりましたが、イギリスは昨年1月に「孤独担当大臣」という国務大臣を設置しました。これは、ジョー・コックスさんという下院議員が健康に対する孤独の影響を調べていたのを、委員会が引き継いだものです。彼女自身は、EU残留を訴える活動の中で、反対派の暴漢に銃撃されて亡くなりました。英国の国民は6000万人ぐらいですが、900万人以上が孤独を感じており、その3分の2が生きづらいと訴えています。月に一度も家族や友人と話をしないという高齢者が3分の1ぐらい。子どもを持つ親たちの4分の1ぐらいが孤独を感じています。その健康への影響を考えてみると、孤独は肥満や1日に15本以上タバコを吸うよりも有害であると考えられます。このデータをもとに経済的影響は年間4.9兆円にもなるという結論を出しました。

 

孤独に対する対策として、イギリスではEndLonelinessというキャンペーンを行っています。これはボランティアを派遣していろいろな行政手続きを手伝ったり話し相手になったりしてあげるというもので、電話窓口を作ったりもしています。結果については、まだはっきりとした報告はありません。

 

フランスではMONALISAという運動があります。レオナルド・ダ・ヴィンチの絵ではなく、「高齢者の社会的孤立と闘う国民連帯(MObilisation NAtionale contre L’ISolement des Ages)」というものです。700ぐらいの市民連合がこの運動に加わっていますが、MONALISA憲章というものを作り、政府に対して高齢者対策の必要性を訴えています。また、あるパリの有名な新聞社は、パリ市内で孤独死した数百人の名前を新聞に載せました。孤独死した人はどこの誰だか名前もわからないし、ほとんどの市民は無関心です。でも実は一人ひとりにちゃんと名前があり、家族も友人もいたはずです。その人たちが「こういう人だったんだよ」とアピールするために、全員の名前の名前を紙面に載せたわけです。

 

「頑固なおやじさんが外に出てこない」というのは、皆さんもよく経験すると思います。認知症もそれほど進んでおらず、足腰もあまり弱っていないのに、いろいろなものに参加するのは面倒くさい、やってられないという人たちを、どうやって家から出てきてもらうかというのは、イギリスでも非常に大きな問題になっています。そこでやっているのが「男たちの部屋(Men’s Shed)」という取り組みです。そこへ行くといろいろな工具が揃っていて、椅子を作ったりテーブルを作ったりできます。ここで作った椅子を学校に寄付したり、公園のベンチを修理したりということで、皆さん非常に生き生きとして工作をしています。あるいは歩いてやるサッカー、Walking footballというものもあります。こうした取り組みにハマる男性は結構いるのではないでしょうか。

 

私たち民医連の取り組みを少し紹介します。去年12月に東京保健生協と医療法人財団健康文化会、東京ほくと医療生協の3法人が合同で健康についてのフェスティバルを行い、地元のテレビ局に取り上げられました。健康というのは医療機関が作るものではなく、地域の皆さんと一緒に作っていくものだと思います。ですから医療の専門家が地域の皆さんと一緒にイベントをやることで、みんなで地域を健康にしていこうというのがこのフェスティバルの目的です。皆さんのところでも健康まつりや病院祭が行われていると思いますが、だんだんただのお祭りになってきたので、健康まつりと学術集会の中間ぐらいのイベントとして行いました。

 

社会的処方とは?

社会的処方というのは、人の健康問題のために薬を処方するのではなく、人と人とのつながりを紹介するような活動です。地域の活動や利用可能なリソースを紹介するということで、健康状態や孤立感が改善されたという効果が実際に報告されています。特に入院や救急受診の減少という効果が確認されています。地域のことを知らないと処方できないので、HPH活動でもあり、アウトリーチでもあり、まちづくりの課題でもあります。

 

ただ、この言葉には批判もあります。アンドリュー・ピント先生はじめカナダの先生方は、問題の根本を隠してしまう危険があるのではないかということで、あまりこの言葉が好きではないようです。子ども食堂も無料塾も大事な取り組みではありますが、問題の本質はそこではないわけです。本当はお父さん、お母さんが子どもと一緒に夕食を食べられる時間に帰宅できて、子どもを育てる収入が得られるということが大切なのです。あるいは学校で落ちこぼれることなくきちんと教育が受けられるということが大事なわけですから、問題の本質を見失わないようにしなければならない。「人間社会が作り出した社会的な問題を病気に例えるのは如何なものか」という意見もあります。貧困自体は避けられないものではないという意見もありました。このように批判もあるということを知っておいてください。

 

具体的にどういうことが行われているかというと、たとえばイギリスでは、住民が医療機関を受診した時に、この患者さんに必要なのは社会的な支援だということになると、電子カルテのボタンをポチッと押します。するとリンク・ワーカー(Link worker)に情報が集まり、いろいろなプランが立てられます。借金が問題であれば債務相談を紹介したり、孤立が問題であればボランティアその他の地域活動を紹介したり、失業が問題であれば就労についてのプログラムを紹介したりといったことをしています。最近は医療機関だけでなく、消防や不動産関係の窓口から紹介されるなど、発展的な社会的処方も出てきました。

 

内容としては、ほとんど共同組織で行われているものそのままですが、日本ではまだまだ報告が少なく、実際にどのようなエビデンスがあるのかということが十分に立証されていない状況です。

 

医療機関がHPHに参加する意義

最後に、医療機関がHPHに参加する意義についてですが、実際に皆さんが急性期の病院で勤務する中で、治療側の問題意識はいかがでしょうか。毎日頑張って手術をしても、あるいはカテーテル治療をしても、患者さんが減らないではないか。地域全体の健康増進に役立っているのだろうかなどと感じることはありませんか。これらはいわゆる上流の問題で、病気がどんどん発生する根本の原因は何なのかという問題や、医療が介入することで取り戻した健康が施設の外でも維持されているのだろうかという問題などです。

 

私が研修医の頃、アルコールの問題で吐血して入院する人がいましたが、入院して治療して帰宅してもまた酒を飲んで吐血して入院してくるのです。「酒が飲める体にして帰すだけだね」なんて言っていましたが、本当は彼が家に帰ってなぜまた酒を飲まなければいけなかったのかを考えてあげなければいけなかったのですね。短期間で再入院する人もいます。医療現場の疲弊の原因にもなっているこうした問題は、急性期の病院では多いのではないでしょうか。

 

在宅医療においては、在宅は生活ですから介護が主役で、介護を支える医療ということになります。そこでは治療するというより、支える、看取るといったことが目標になってきます。ですから地域に目を向けるということが必要になってきます。

 

医療の細分化、分断化の弊害については、民医連ではあまりないかもしれませんが、いまだに大きな病院では、「どこにかかればいいのか」という押し付け合いのようなことが行われています。患者さんの背景は明らかに複雑化していると思います。SDHが発見される中で、この人はただ単純に糖尿病で自己責任だということにはなりません。医療機関の職員自身のヘルスプロモーションも必要です。

 

疾病構造の変化

疾病構造の変化については、ヘルスプロモーションが求められる直接の理由ではないといわれていますが、かつては感染症の患者は病院に入院させて治癒させることが医療の目的でした。そういうものが一定コントロールされるようになると、がんの手術を含む急性疾患の治療をします。これもやはり病院に入院させて治療、治癒します。しかしいろいろな慢性疾患が問題になってくると、高血圧も糖尿病もコントロールはできるけれど治癒はできないわけです。コントロールして合併症を防ぐというのが治療の目的になってくると、主な実践の場は外来に移ってきます。さらに今の高齢者の医療は認知症にしてもフレイルにしても、医療・介護の領域だけではもう対応できません。それをどう共存していくかということになると、在宅医療、まちというのが実践の場になってきます。

 

一橋大学の猪飼周平先生によると、「病院の世紀の終わりである」ということになりますが、医療のフィールドが広がったわけです。昔、私たちが研修医の頃は、病棟を守って、外来で診察して、少しは在宅がありました。その背景として、生活と労働の場を民医連医療では大切にしてきたということがあります。あるいは地域の環境、社会的孤立、まちづくりといったものを考えなければいけません。さらにその背景には、社会保障制度や国際保健、SDGsといったものが関係してきます。フィールドが広がっているというか、考えなければいけないことが広がっている、そういう時代になってきたと思います。

 

今、日本では、国の健康政策として「健康日本21」が行われています。2012年に第二次の政策が出されました。そこで、健康寿命の延伸と健康格差の縮小が目標としてあげられました。千葉大学の近藤克則先生も、この段階で厚労省がこれをいうとは思わなかったというくらい画期的な内容になっていますが、それをどうやって達成するかというと、生活の質の向上、ライフスタイルと、社会環境の質の向上、セッティングアプローチ、つまりヘルスプロモーションそのものです。そのためには、生活習慣病の重症化予防や生活習慣の改善など、個人で頑張らなければならないものもありますが、社会環境の改善もしなければならないということを国も意識しているということです。

 

まとめ

ここで今日の話をまとめますと、まず、社会格差やストレスは人間にとって避けられないものですが、それがSDHを介して健康格差を生じるという問題があります。

 

それから、健康には「心身機能」と「活動」と「参加」があり、心身機能だけを改善しても成功とはいえません。

 

社会的孤立は、これからますます社会全体の重大な健康問題になっていきます。今月、人口問題研究所が、2035年に高齢者の40%は独居になるというデータを出しました。今、高齢者の独居率は18%です。その中でも東京はあと15年で44%になります。つまり、65歳以上の高齢者の一番多い世帯形態が独居になるわけです。東京はまだしばらくは人口集中が続くので、高齢化率は一番少ないのに高齢者の独居率は高いというおかしな地域になります。

 

健康的な社会を作るためには住民参加が必須であり、ヘルスプロモーションの定義の主語が「人々が」であることを意識することが必要です。
医療・介護は社会との関係なくしては成り立たず、その活動範囲は拡大しています。健康的なまちづくりに貢献しようとするとき、HPHは有効なツールになります。

 

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